嫌われる勇気の必要性を感じています。

先日、嫌われる勇気のドラマを見て、改めてアドラー心理学を考えるきっかけとなりました。
相手のことを思って自分を犠牲にしてまでやる必要はないと思います。

自分が犠牲になったところで、相手は依存してきます。
この関係は決して良い関係ではなく、対等性から外れてしまいます。

年齢や権力などの上下関係があると、どうしても下の人は上の人に従わざるを得ない状況になりがちです。
これは社会の中だけではなく、家族間でも同じことが言えると思います。

例えば、家事を担っている主婦が体調を崩してしまった場合、家族の対応はさまざまです。
よくありがちなのが、奥さんや子供の具合が悪くても、旦那や父親は家事や用事などを言い付けることです。

家事を担っている人の体調はどうでもよいのか、どんな状態でも、ただ自分の食事や身の回りの世話をやってくれるのが当たり前になっているのかもしれません。

これは会社などでも同じことです。
無理なことを言われた時も、自分が今できない状態なら、どんな立場であってもきちんと断る勇気が必要です。

誰もが相手を気遣うことは素晴らしいことですが、自分を犠牲にしてまでやる必要はないと思います。
嫌われてもいいと思えれば、気持ちの上で開き直ることができます。

今大きな問題となっているストレスせいの疾患で悩む人も少なくなっていくような気がします。
ストレスといえば、ビキニラインの黒ずみもストレスが溜まりますよね。
自分ができないことは、たとえそれで嫌われるようなことがあっても、ハッキリと言う勇気が必要だと感じています。